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2017年05月02日

「国境を越えた人の移動が完全に自由」な社会において、人々が「合理的な行動」を取ったならば、世界文明そのものが滅びる。

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ブログ主は一応、大学で経済学を勉強していました。
そして、古典的な経済学においては、「人々は合理的に行動する」という前提があります。

仮に世界から国境がなくなり、世界政府的な社会が実現した場合、世界は豊かで平和になるのでしょうか?いいえ、戦争(内戦)が多発し、混沌とした世界となることは以前に述べたとおりですが、それだけでなく、人々がそうした世界の中で「合理的な行動」をとった結果、経済発展に寄与する行動は不利になってしまい、結果として世界文明そのものが危機にさらされるのです。

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移民受け入れが完全に自由になった世界、つまり以下のような世界を仮定しましょう。
・国境を越えた人の移動は、国籍・能力・年齢など関わらず全て自由である。家族の帯同も自由である。
・移動に伴うコスト(飛行機、船代)やリスクは考慮しないものとする。
・国境を越えても、仕事はあるか、なかった場合は社会保障(以下詳細)が受けられる。但し、仕事の総量は有限である。
・自国民・外国人を問わずすべての居住者は、(外国人であっても「人道」「人権」などを理由に)その国の社会保障そのほか社会インフラを「その国で最低限の生活ができる程度に」享受できる。
・各人は、それぞれ自らの経済的利益を最大化すべく行動する。

このような状況下、世界はどのようになるのでしょうか。
まず、国境を越えた移動を行うのは、主に発展途上国の人々です。仕事があるか、あぶれても社会保障にありつけるのであれば、一人当たりGDP数百ドルといった国に住み続けるよりも、先進国で底辺の生活を営んだほうがまだ経済的には豊かだからです。

そうして、発展途上国の人々が先進国に移動し続けた場合、次に「合理的な行動」を取るのは、先進国の労働者です。発展途上国から外国人が流入した結果、当然先進国の労働者との間で仕事の取り合いになり、結果として仕事を得ることができなかった労働者は、「その国で社会保障を受ける」「他国に移動して職を得るか社会保障を受ける」のいずれかになります。この場合、もし他国に移住したほうが、経済的便益が大きい場合、先進国の間同士で人の移動が起こります。そして、自国であれ他国であれ、「職を得る」ことよりも、「社会保障を受ける」ことのほうが経済的便益が大きい場合、最も社会保障の手厚い国に、自国民に加えて大量の外国人がなだれ込み、その結果その国は財政を維持できなくなります。すると、社会保障で食いつないでいる人々が次に取る合理的な行動は「次に魅力的な国で職を得るか、社会保障を受ける」という行動に出ます。

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結果として、
- 社会保障が手厚い先進国ほど発展途上国からの人々、特に身体的・知的理由により労働能力のない者を多く引き寄せ、順に経済破綻していく。当然、それに伴って国のインフラや治安は著しく悪化する。
- 労働に対する賃金・生活水準が高い国に世界各国から多くの労働者が集まり、そうではない国、特に賃金水準の低い発展途上国からは、高度な能力を持つ者含めて労働者が消える。結果として、発展途上国は、頭脳や労働力が完全に流出し、その存続自体が危ぶまれる。また、世界中から多くの労働者を集めた先進国においては、あらゆる仕事において労働力供給過剰となり、賃金水準の低下→発展途上国化する。

ということになります。つまり、先進国も発展途上国も、どちらも経済的な存続が危ぶまれることになり、長い目で見れば「国境を越えた人の自由な移動」が文化・文明そのものを滅ぼすこととなります。

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グローバリズムが蔓延する現在の世界でそこまでの事態にまだなっていないのは、近年ようやく世界的に人々がグローバリズムの弊害に目覚めて、それに見合った政治的選択をするようになったのも大きいですが、「言語の壁」「移動に伴うコストやリスクと、現在の生活水準への満足度とのバランス」「経済的利害に左右されない愛国心(これは国・地域によって大きく差があります)」「その他、自国に定住し続ける経済外の動機」など、最も経済的に困難な発展途上国の人々をしても自由に先進国に移動できない・あるいはそのモチベーションを下げる要因があるからです。もし彼らが、言語の壁がなく、ビザなどの制約もなく、かつどこでもドアのように自由に国境線をノーコスト・ノーリスクで移動できる世界が実現したならば、上記のシナリオに近いことがもっと早く現実になっていると考えます。

「移民受け入れで日本は経済成長する」などとのたまい移民受け入れ・国境線のない世界に賛成する経済学者と称す人々は、今一度、人々が「合理的行動」を取ったならばどのようなことが起こるのか、世界的視野、中長期的な視野をもって、「自分の頭で考える」べきではないでしょうか?

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posted by AOI at 17:15| Comment(3) | TrackBack(0) | 移民問題とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月19日

移民反対=外国人への感情的な毛嫌いではない。外国と外国人を知っているからこそ、移民に反対する。

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ブログ主含め、一部の移民反対派は、海外に(一時的に)滞在した経験があったり、あるいは海外に知り合いや友人がいます。当然、国内の不法滞在者やら日本に寄生しようとする外国人などと交流するつもりなど毛頭ありませんが・・・あるいは、そうした体験がなくても、世界史や海外事情にとても詳しい方、勉強熱心な方が移民反対派であることも多くあります。また、以前当会で行ったアンケート調査では、外国人観光客に接していたり、外国人が多く住む地域に住んでいるなど、「不特定多数の外国人に接している層」で、実は移民と多文化共生反対に同感です、という方を多く見かけました。

「真正保守」「鎖国主義」を主張する一部の方には、移民反対なのに外国人の知り合いがいるなどけしからん、と思われる方も確かにいらっしゃるかもしれません。在日特権や外国人犯罪問題から入って移民反対というのも当然もっともな理由ですし、そうしたきっかけでもっともっと多くの方が移民反対に回ってほしいと切に願っています。一方、外国や外国人を一定のレベル以上知っており、情報や体験を持っているからこそ、移民という「システム」そのものに反対するきっかけが生まれることも事実です。

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要は、世界中のマスゴミがレッテル張りするように、「移民反対=感情的な外国人敵視・毛嫌い」か、というと全く事実ではなく、
「外国人と交流を持っているが、移民や外国人労働者受け入れには反対」
「〇〇という国は好きだが、その国から移民を受け入れるとなると反対」
「外国や外国人と関わってきた豊富な経験があるからこそ、移民反対」
という主張も、「外国や外国人とは関わりたくないし、移民も反対」と同じくらい理論的であり成り立つ
、ということです。今後、外国人犯罪や在日特権、不法滞在の問題などから移民反対に回る層に加えて、外国人を知っているからこそ移民反対、という層を増やす必要があります。現段階では特に、インバウンド産業に関わり直接外国人観光客と接している層や、半ば外国人自治区化している日本の自治体の日本人居住者などに、その可能性があると考えています。

逆に言えば、最も危険な移民推進層は、外国人と外国に対する表面的な経験や知識のみがあることが多いのではないか?という印象です。少々海外経験があり(主に観光地や、外国人ビジネスパーソンが宿泊する安全な地域)、あるいは英会話教室や大学、職場などを通して若干の日本に住む外国人を知っており、そうした場面で悪い思いをしたことがない。つまり、「海外や外国人について、表面的に知っている」という状態こそが、「外国人と共生できるし、国境などなくてもうまく行く」という根拠なき幻想を作り出し、マスゴミの「移民や外国人労働者受け入れに反対するのは、外国人と向き合おうともせず毛嫌いする人々や鎖国主義者だ!」という論調に何の疑問も抱かない、ということになってしまうのではないでしょうか。実際に、移民受け入れに賛成する政治家や財界人なども、出張において出会う外国人は決まってハイクラスの人々。出張先も、首都や商業都市の整然とした街並みの安全な場所のみ、という環境が多いのでしょう。欧州の、現在は警察も立ち入れなくなってしまったような移民居住地区(no-go zone)で車の外に出て街を歩く経験を重ねている政府や企業トップの話など聞いたことありません。

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外国と外国人について、表面的な観光旅行や安全な短期出張のレベルを越えて体験、あるいは情報収集するとわかる「世界共通の事実」があります。それは、
- 外国人が少数、あるいは短期間移住・滞在したときと、欧州のように家族を連れて大量に住み着いたときでは、移民問題の深刻さは等比級数的に違う。外国人人口が1万人と100万人では、深刻さは100倍よりもはるかに多くなる。
- 発展途上国はもちろん、他の先進国でも、日本では想像できないほど、知識労働者と単純労働者の間、あるいは高学歴者と低学歴者の間には格差が存在する。(だからこそ、特に日本人がこれまで経験したことのない外国人単純労働者受け入れは、想像を絶する災禍を招く可能性がある。)
- ほとんどの国において、移民は集住し、また世代が後になるほど孤立化・低階層化する。

ということです。

我々移民反対派にとっては当たり前の常識かもしれませんが、上記の、「外国や外国人について中途半端に知っている」状態は、こうした事実を知らず、あるいは受け入れようとせず、移民受け入れを、その人の知り合いの外国人(多くの場合、先進国出身である程度の知的職業についている)が増えるようなものであると考えがちです。一方で、より広い視野で、特に現地の移民を含めた中〜低所得者層の社会についてきちんと知ろうとすると、上記の現実を避けて通れないことが分かってきます。(どこの誰ですか、広い視野で〜とか、マイノリティに目を向けろ〜とか日頃から言っているのは。) 要は、外国と外国人について正面から知ろうとすれば、その結果は移民推進ではなく、むしろ移民反対に繋がる、ということなのです。さらに、それは移民という「システム」への反対であり、外国人の友達が何人いるとか、知り合いの外国人の〇〇さんはいい人だ、といったレベルの議論とは関係ない、別問題として考えられるようになります。

現在、朝鮮半島の有事が取りだたされています。当会の最大の関心事は当然、朝鮮半島から(自称)不逞難民が海を越えてやってくる可能性です。日本にとっての最悪のシナリオは、日本人が皆平和ボケしたまま、やれ人道だ、やれ人手不足の解消に云々という政府やマスコミの言葉につられて大量の難民を何の疑いもなく受け入れてしまうこと。はっきり言って直接の外的攻撃よりも、日本全体という目で、かつ長い目で見ればもっと恐ろしいのが、国民の無知・無疑のまま起こる内部侵略と考えています。それよりはいっそ、「きっかけ」があって日本全体が目覚めたほうが中長期的に見た国益の損失や犠牲は少ないという意味でまだましなのでは。そのような考え方は、口にすること自体ひょっとすると不謹慎かもしれませんが、少なくとも外国人への盲目的な毛嫌いでも敵視でもないはずです。

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posted by AOI at 14:35| Comment(1) | TrackBack(0) | 移民問題とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月05日

移民推進政策こそが日本と世界の「分断」を招く

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本題の前に、まずは御礼です。
今月ご寄付をいただきましたK.K.様、いつも本当に有難うございます。
いただいたご寄付は、全額会の運営実費に充てさせていただきます。

続いて、三橋氏のブログに、皆さんの移民反対の理論武装に非常に役に立つと思われる記事が掲載されておりますので、まだ読まれていない方はぜひお読みになってみてはいかがでしょうか。
移民政策のトリレンマ
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12249515222.html

さて、本題です。
今年に入って、トランプ大統領就任後に、マスコミが口やかましく叫ぶ言葉として、
「分断」という言葉があります。
「移民や難民を受け入れないなど、分断を招く!」と、国内外のマスゴミが揃って口にしていますが、ほんの少しでも自分の頭で考えれば、
「移民政策の推進こそが、各国及び世界全体の分断を招く」
ということが分かります。
このブログをお読みの方であれば既にお気づきかもしれませんが、改めてまとめてみましょう。

日本と外国の分断。
「移民を受け入れないなんて、あなたは世界の分断を望むのか!」というような輩がいますが、何というアクロバティック論。移民を受け入れず、国境を隔てて「住み分ける」ほうが、よほど分断を招きません。言い換えれば、国境を隔てた健全な「住み分け」(=お互いに移民を受け入れない)はできても、「共生」は理想論に終わるだけであり、結果的には対立を伴う「分断」という結果に終わるのは、欧州の事例が証明済みです。

幸か不幸か、外国人は数が増えると同じ国の国民同士で集住します。
日本人との混在か集住かについての議論 - 結局最良の策は「どちらもお断り!」

そしてそれが、いわゆる「国の中に別の国ができる」現象になるのです。「地球市民」「人種のるつぼ」などという幻想は世界のどこにもなく、現実には自国民も移民も言語や文化がかけ離れた人々と暮らすよりも、近い人々同士が固まるのは、北米などの移民国家(人工国家)でさえも常識です。例えばアメリカのドラマや音楽PVを見ると、同じような人種やルーツの人々が固まっていて、多種多様な人種や国籍の人が混ざり合っているようなシーンはあまりないですよね。あのリベラルな米芸能界ですらそういう演出をする、なぜならそれが現実だからです。

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以前論じたように、国境線を隔てて異なる言語や文化を持つ民族が「住み分け」をするようになったのは、人類の知恵です。「国ごとの住み分け」をしている状態であれば、お互いが移住を目的としない健全な範囲での交流、異文化への関心や憧れといった響きの良い言葉の中でことが済まされるかもしれませんが、同じ地域に暮らすことになった場合、それも大量の外国人と暮らすことになった場合は訳が違います。一国の中に異なる国の人が住むことで、結局は国内で日本人と外国人の「分断」が起こるだけです。

地域による分断。
先に述べたように、外国人は集住する傾向があります。さらに言えば、特定の業種や大企業が外国人労働者を大量に雇用した場合や、外国人に生活保護を与えるなど「寛容」な自治体に住み着く傾向にあります。
すると当然、外国人比率が高い地域と低い地域が国内で生まれます。外国人に住み着かれることの弊害を間近で見ている人々と、そうでない人々の間に、地域による格差が生まれます。

この格差は、時を経るほどに問題化する可能性があります。なぜなら、特に社会保障に寄生するような外国人比率が高い自治体は財政を圧迫され、日本人を含めた地域サービス、福祉、インフラなどあらゆる面で影響が出てきます。一旦外国人に住み着かれた自治体からは日本人が逃げ出し、ますます外国人比率が高くなり、当然治安も急速に悪化します。

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日本人同士の分断。
移民・難民・外国人労働者の増加によって、そこから利益を得る人々(経済界、企業関係者など)と、外国人と職の奪い合いになる人々。近くに(特に単純労働者や難民の)外国人が住むことなく平穏に暮らす人々と、隣にならず者の外国人が住み着いて生活を滅茶苦茶にされる人々。移民・難民・外国人受け入れによって、こうした「格差」が生まれ、国民の間に「分断」が発生します。その欧州での帰結が英国のEU離脱投票でもあり、これから始まるであろう欧州の政治イベントであるわけですが、そもそも外国人を受け入れなければこのような国民間の分断は発生しません。

結局のところ、「移民・難民・外国人労働者受け入れ」こそが、あらゆるレベルでの「分断」を招くのは自明です。「外国人に門戸を閉ざす=分断」といった印象論に嵌っている方が周りにいましたら、あるいは「外国人受け入れ=融和・友好」などと自分の頭で考えずに思い込んでいる方が周りにいらっしゃいましたら、ぜひ教えて差し上げましょう。外国人を最初から受け入れないこと、国境の壁を高くすることは、分断ではなくむしろ、その国の中での国民同士の融合を高め、外国とも健全な範囲での交流を促進することに繋がるのです。

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posted by AOI at 14:47| Comment(1) | TrackBack(0) | 移民問題とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする