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2017年06月28日

【家庭コラム・国家戦略特区関連】家事を他人任せにすることによって生じるこれだけの弊害

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今週末の都議選を控え、政治は大荒れとなっていますね。以前こちらのブログで述べさせていただいた、「組織は内部から崩壊する」そのものの様相を見せております。とはいえ油断は禁物、こういう時に超・売国法案を次々と通そうとしたのは、民主党末期の事例がありましたし、これまでの売国法案成立プロセスを見るに安倍政権はそれ以上の悪質さと思われます。国会は閉会しましたが、引き続き、口コミ各所への抗議による移民反対の声を上げていきましょう。クリーン作戦も引き続き有効です。

さて、今回は国家戦略特区関連→外国人メイド特区関連ということで、子育てしている立場から、外国人に限らずそもそも日々の家事を他人にやらせることの弊害を論じてみたいと思います。外国人家事労働者を雇う企業を不買・ネガキャンするのももちろん大事ですが、そもそも「家事代行」というビジネス自体が、この国に繁栄してはならないということです。特に、子供の将来にとって、家庭の家事を常時代行してもらうことは測り知れないほどの悪影響があります。

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ここでは特に、「料理、洗濯、日々の部屋の掃除など、一般家庭で主婦がやっているレベルの家事を、毎日、毎週など恒常的に代行してもらう」ことについて述べたいと思います。

1.子供の価値観への悪影響。
外国人に代行してもらおうものならそれこそ、「家事は外国人にやってもらうもの」という実に不健全で日本社会にも有害な価値観を子供に植え付けることになるのは、ドイツなど移民を受け入れたヨーロッパの国々で「〇〇の仕事は〇〇人がやるもの」という価値観が広まってしまった事実を見ても明らかです。しかし、たとえ外国人でなくても、「お金があれば、家事は他人に代行してもらうもの」「家事を自分でやるのは卑しい」といった歪んだ価値観に繋がってしまいます。結果的に、家事をすべて自前でやる人を見下すようになり、将来の人間関係の形成に影響します。

2.「手伝いを通した知的・精神的学び」の機会損失。
料理や洗濯などを日々代行させ、空いた時間で子供を幼児教室などの英才教育の場に通わせる母親を見ると、たとえ外国人メイドでなくても、ブログ主は心の中で「残念な人」と思わざるを得ません。別に経済的な理由ではなく、「子供にとって重要な学び体験であり、親子の触れ合いの時間のはずである家事の手伝い(特に料理の手伝い)の機会を自ら捨て去るなんてなんて勿体ない!」と考えているからです。

ブログ主は様々な育児書をこれまでに読んできましたが(政治色はほとんどない本ばかりです)、共通して多くの本で子供の教育に薦められているのが、実は「家事の手伝い、特に料理の手伝い」です。共通で述べられているのは、教えたり教えられたり共同作業を行うことによる親子関係への好影響、家庭の役割の一部を担ってもらうことによる道徳的な効果だけではなく、「手先の器用さ」「理系的思考能力・科学への関心」(例えば食材を加熱することによる変化を体感することで、知的好奇心が促されます)「時間管理能力」などを育むことができる、ということです。ブログ主自身も上の子供に手伝いをさせていますが、特に台所を起点とした好奇心の広がりについてはまさしく実感するところで、ちょっとした習い事に通わせる以上の効果があると考えています。

家庭外の教育そのものを否定するつもりはありませんが、「家事をする時間は代行依頼してでも削って、子供に少しでも多くの英才教育・早期教育を!」という方に遭遇すると、どうしても滑稽に見えるのです。

3. 「家事ができない大人」の大量発生。
家事の経験がないまま子供時代を過ごしてしまうと、大人になってからも家事能力がないという可能性大です。

こう書いてしまうと、特に保守を称される方からは、「男の子なら問題ないのでは?」と思われるかもしれません。しかし、家事代行の結果として家事ができないというのは、男女問わずもっと深刻です。

一つは、1に書いた「歪んだ価値観」とともに大人になってしまうということ。一生懸命家事をしている恋人や配偶者を見下す眼差しを向けたり、「お金で解決すればいいじゃないか」といった態度が子供のころから身についてしまっているとなかなか変えることはできません。また、親は家事代行を頼める経済力があったが、子供にはないという場合、「家事をしなくてはならない」ということが、普通の人には何でもないことでも、家事を常時代行してもらっていた家庭出身の人には屈辱的に感じられる可能性もあります。

4.常時家事代行を依頼することで、子供たちも家事ができなくなる結果、恒久的に依頼し続ける可能性が高くなる。
子供のころから家事を手伝っていたならば、その子供が小学校高学年以上にでもなれば、立派な家庭の一員として、親が共働きだろうが子沢山で多忙だろうが、手伝ってくれる可能性が高いでしょう。しかし家事代行を子供が幼少のころから依頼し続けていると、子供は家事をやらなくて当たり前の状態で思春期を迎えます。結果として、本来子供が手伝ってくれるような時期になっても、親が家事を負担と感じれば代行し続けることになります(考えてみれば、これが一つのビジネスモデルなのかもしれません)。

子供が大きくなってから経済的理由などで代行をやめて子供に家事を手伝わせることもできますが、幼少から手伝っていた場合に比べると、親子ともにハードルが上がります。子供の受験期に差し掛かってしまうと、新たな家事を覚えるよりは勉強優先になりますし、そもそもこれまで「幼少からずっと家事を人にやってもらっていた状態」から「自分たちですべてやらなくてはいけない」という、生活の転換を迫られるわけです。すんなり受け入れられない可能性もあるでしょう。

これ以外にも、外国人メイド受け入れの弊害で論じられたように、他人を家に入れることのリスク、プライバシーの問題などももちろん存在します。そこまでして家事代行を通して得られるものとは、果たして何でしょうか?

保育や介護との違いは?
このように書くと、「保育園や老人ホームに子や親を預けるのだって問題では」と言われるかもしれません。仮に担い手がすべて日本人だったとしても、保育や介護のサービスをどこまで許容するか、国益派のなかでも意見が分かれるところだと思いますので、この問題には敢えて踏み込むことはしません。もちろん外国人介護士やベビーシッター受け入れは言語道断ですが。

しかし、家事代行と保育・介護サービスの決定的な違いを一つ上げるとすれば、恒常的な家事代行を依頼する動機の多くは「自分や家族の可処分時間を増やす」ことを目的としていることであり、就労や疾病といった社会福祉的ニーズに応えるものではない、ということです。(政府は女性の活躍をーと言っていますが、そもそも家事代行の費用分以上の収入を得られるのはほんの一握りの層であり、外国人労働者受け入れの口実でしょう)保育や介護は、欠けると幼児や高齢者の健康や命にも関わるので誰かが欠かさずやる必要がありますが、家事については仕事などとの兼ね合いで手加減ができるという点も異なります。

そして、保育・介護と違い、例えば料理であれば外食や総菜、洗濯や掃除は最新型のロボット家電や自動型家電を活用するというように、「自宅で代行してもらう」以外の選択肢が既に数多く用意されているということも大きな違いです。ブログ主も共働きで、両立時はハードワークですが、むしろ「家事代行」以外の選択肢がいかに多くあり、なお発展しているかに驚かされるくらいです。

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社会的には必ずしも必要でないはずの家事代行という産業の隆盛そのものが、日本の若者の質を低下させ、日本国民の価値観をゆがませる原因となりかねません。たとえ日本人のスタッフに依頼するという話であっても、もし身近な方が常時家事代行を依頼しようとしていたら。特にその方にお子さんがいたならば。そのお子さんと日本の将来への影響を鑑み、家事代行の弊害について口コミされてみてはいかがでしょうか。それがビジネスそのものを縮小させ、家事代行で入国しようとする不逞外国人をも減らすきっかけとなります。国家戦略特区の正体が一般国民にも明らかになってきていますので、家事労働特区の推進=利益誘導だ、という話も、一昔前よりもはるかにノンポリ層含め関心を持ってもらえるのではないでしょうか。

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なお、続いて家事労働者送り出し国であるフィリピンの報道されないISISの事実についても書こうとしていたのですが、長くなりすぎてしまいましたので、後日別の記事に関連して記述するかもしれません。

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posted by AOI at 23:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 家庭コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
外国人が日本に来て、あるいは日本の動画や写真を見て驚愕することのひとつに、「子供たちが自立的に行動すること」があるようです。

ひとりで通学する、子供たちだけで通学する、給食当番をする、教室を掃除する・・・などです。
これらは、家庭での躾けやお手伝いが基本になければスムーズには成り立たないことでしょう。

記事のとおり、家政婦は一般に不要な職業です。共働きでないとどこの家庭も家計が成り立たないとしたら、それは経済政策の失敗か社会通念のゆがみだと思います。

家政婦は家族ではありません。これは、貴族社会や成り金ブルジョアの有閑階級社会の残滓、あるいは植民地主義の有色人種奴隷の一変形ですから、本来なら左傾化したマスゴミや言論人が猛反対すべき点なのです。
が、ダンマリです。彼らの主張が欺瞞に満ちており、たんに反日毀日のネタになるかどうかでしかないことの証左であります。

脱線しましたが、家庭のお手伝いや学校の雑務に見える共同管理作業は、日本に限らず、世界中の国々が導入すべきことです。稀有な実例である日本が自ら壊すのは世界の貴重な文化の破壊です。

家政婦が不要という主張は、とても筋の通ったものだと思います。
Posted by 弓取り at 2017年06月30日 00:36
お子様のご誕生、おめでとうございます!

ブログ主様は本当にご立派です。お仕事、家事、子育て、ブログ・・・バランスよく全てこなしていらっしゃる。このようなお母さんに育てられるお子様はお幸せですね。いい子がまた日本に一人増えて、喜ばしい限りです。

そして、「家事は家族で」の考え方、全くもって賛同いたします。そして、実際の若い子育て世代であるブログ主様のような方に明言していただけるのは、ありがたいことです。やはり説得力があります。

私は以前は「家事代行業者も外国人でさえなければ問題ないでしょうし、(再就職のなかなか難しい)離職後の日本人女性の有力な再就職先にもなるのでは」などと浅はかで呑気なことを考えておりましたが、今回の記事を拝読して、すっかり考えを改めました。
そもそも家事代行業なるサービスは日本の風土にはなじまないものであり、たとえ従業者が日本人であっても日本に広く定着させてはいけない。ということに気づかせていただきました。たしかに家事の経験によっていろいろな力が培われますものね。単に「家の中の仕事」「他人でも代われる」などと侮るのは大間違いです。広く職業生活・社会生活にも役立つ大事な能力を養う場ですね。たぶんお目にかからないと思いますが、もし「家事代行を頼もうかな」なんていう人がいたら、「外国人は論外、日本人でもダメ!」と全力で反対します。(引き続き、これに限らず国際結婚など移民が住み着く可能性の芽を見つけたら全力で絶ちます!)

家事代行よりもやはり現実的な脅威は介護のほうでしょうね(^^;)。これも外国人のいる施設を見つけたら反対の意見や抗議をする、また利用検討者には注意を促す。といった運動を続けてまいります。

Posted by がんばるぞ!日本 at 2017年07月07日 21:50
>がんばるぞ!日本 様

「家事代行サービス」は日本にもなじみがありますよ。ちょっと良いお家や軍人さんの家庭などで「奉公」と称する家事見習いあるいは花嫁修業で若い女性を受け入れていました。「佐賀のがばいばあちゃん」も経験者でした。もちろん誰でも良いというわけではなく、信頼できる筋からの紹介や身元の確かな者が住み込みで行うのが主流だったと思います。
Posted by at 2017年07月30日 21:20
>「家事代行サービス」は日本にもなじみがありますよ。

はい、そうですね。ありがとうございます。もちろん私もそれはよく存じておりますよ。ただ、何十年前の時代のことでしょうか・・・。そういう話になれば、今からはとても想像できませんが、「日本人が」「人口過剰で」「特に農村部から」「海外に」「移民」していた時代があったのですよね。隔世の感がします。

私の言い方がいけませんでした。
お断りするまでもないと勝手に思ったのですが、あくまでも「現代」や「今後」の日本がどうあるべきかの話のつもりでした。

「現代の日本」では、「家事代行サービス」は廃れた、といっていいかと思います。ですので、今からそれをまた始めることは「逆行」を意味するかと思います。廃れた理由は日本がその後どう変わったからか。そしてそれ(廃れた)のは望ましいことだったのか否か。こういった視点から論じるのが、少なくとも移民反対派にとっては得策かと、私は存じます。
Posted by がんばるぞ!日本 at 2017年08月03日 08:51
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