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2015年01月18日

「日本人だって、価値観が全く異なる人や非常識な人がいる」に対する反論

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さて、外国人と日本人を区別する必要について説明すると、
「日本人だって、価値観が全く異なる人や非常識な人はいるではないか!」
「日本人だって、出身地や家庭・教育環境などが違うと、行動や価値観も異なってくる。外国籍だからというだけで区別するのは差別だ!」
という人がいます。
今回はそれについて、八重桜の会のメンバーの意見を含め考察していきましょう。
今後こうした意見募集に参加してみたいという方は、Facebookメンバーにご登録くださいませ。

まず、日本人と外国人が決定的に違う点として、ナショナリズムの存在、国家意識・民族意識というのがあります。

「私達は対外的にそれぞれをどのように認識し合うのかと言ったら「国別」に分けてますね。国別対抗のオリンピックは大変盛り上がります。
知識人は国民国家の定義など近代以来に過ぎないと軽視しますが、少なくともそれら知識人が好きな社会主義よりも確実に、近代以前からの歴史的連続性によって帰属意識が認識されてます。
まず、国民かそうでないかの違いがそこ。
次に、国民は何故助け合うのか。
それらの国民としての同胞意識による助け合う精神、連帯感は、他国人に対するよりも強いでしょう。私達は東北の悲劇に同じ日本人として打ちのめされました。インドネシアの津波災害では感じる事のなかった連帯感です。
そして、ニートなどの非就労層をいかに活用していくか。
イギリスでも、ゆとり世代の就労意欲の無さに悩まされ、就労の為の再教育も大変難しく、上手くいかなかったそうです、
どうやってヤル気を引き出すか。問題はそこですね。
左派の日本毀損に励む意欲による価値相対化に負けることの無い、勤勉性を美徳とできる、先人の美談をもっと広めていくべきでしょうね。」

olympic.jpg

「動物が本能的に持っている縄張り意識ではないか。これは人間では民族と言う一つの縄張りであり、それが国民であり国家を形成していく。外国人が入ると動物の縄張りと同じく警戒心が自然と出てくるのは当然であろう。日本人として先祖代々受け継いできた文化や伝統、習慣、神社仏閣の宗教、教育、道徳、倫理観などは日本人同士では理解しやすい。鹿児島の人と山形の人が話し合っても言葉上理解できないほどの違いがあるが、不思議にも警戒感とか違和感が生じてこないのではないであろうか。日本人が外国に行くと「おじゃまします」といった感覚になるが、支那人や朝鮮人にはないであろう。生まれ育った文化や習慣の違いであろう。この点でも日本人は嫌悪感を抱くのである。」

「生物としては、自分が無知な対象に対しては「危険」を感じます。始めてみた爬虫類や、子供の頃の「人見知り」であったり、遊園地の「お化け屋敷」のように。  それが有ったからこそ、野性の中で生き延びることができたし、発展する事もできた。その本能を否定することはできない。  翻って、人と人の間の関係を考えると、その当事者の意志とは関わりなく、先ずは初対面の「無知」から反応し、周辺情報として所属国家の情報に反応することは、生物としての本能的に正しいと思います。本人の内実を知るまでに結果が決まってしまいます。」

「国籍や国家というのはその国の国民を守っているものであり、
同じ国籍を持つものと、他国の国籍を持つ者は、平等や差別といった概念で考えるべきでなく、国防問題として考えるべきです。」

「日本のように民族・文化・国土がほぼ一致している国は案外少なく、多くの国が多民族・多文化です。それを国境の内部での国家として結束しているのです。国民一人一人の意識が国家を形作っている。
サヨクの反権力にかぶれた人は、国家が「市民」を束縛し弾圧する存在ととらえますが、実際は、国民が国家を支え国家が国民を守ります。それぞれが成員なのです。」

次に、教育の違いです。
八重桜の会メンバーのコメント:
「第一に、中国や韓国など反日国の外国人は、日本人に対して反感や悪意を持つように教育されているので、非常に危険です。「日本人など殺してもいい」と考えている民族との共存なんて考えられません。第二に、日本人には日本人としての生活様式があります。その特徴は、お互いの信頼や善意を前提とした人間関係です。反日国の外国人でなくても、それを理解するのは難しいと思います。事実、日本に来る外国人が一定数以上になれば、グループや集落を形成し、日本人としての生活様式を続けることが不可能になります。そして、日本人が住みにくい社会や地域が形成され、日本人が出ていく一方、外国人がどんどん増えて、結局、その地域や社会が外国人に乗っ取られていきます。なので、日本人同士での価値観の違いと、日本人と外国人の価値観の違いでは、その「質」が異なると言えます。」

「数十の民族がいたら数十の観念が存在します。もし私が寿司屋の経営者だとしたら、日本人しか雇いません。床を拭く雑巾で、まな板を拭く事に何の戸惑いがない民族の方を客の前に出す訳には参りません。全ては生まれと育ちによる観念の違いであり、教育指導で改善するには不毛の労力とでも言ったら良いのでしょうか、指導の効果が表れる前に店が潰れる危険があります。「理由なき差別ではなく、必然的区別です」と、私ならそう答えます。」

公教育の意味と意義
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11902502900.html
「『同じ国民同士が助け合う』
 という気持ちを共有する国民意識(ナショナリズム)も、同じ言語、同じ教育を受けた者同士でなければ、現実には成り立ちません。」

それでは、「日本で移民や外国人労働者の子供たちが教育を受ければ、自然と同化し、価値観も近づくのでは」という意見についてはいかがでしょうか。、現実には、たとえば欧州では、2世、3世になって現地の学校教育を受けたら欧州の文化や価値観に同化するわけでもない移民が圧倒的に多く(日本でも、在日朝鮮人問題など同種の問題が既にあります)、また移住先の国とルーツとなる国のアイデンティティに悩むことになるわけです。



学校教育だけでなく、倫理観やアイデンティティを含む、生まれた時からの家庭教育を含む「無意識な価値観の醸成」という点での根本的な違いが主にあるのではないでしょうか。

生まれた時から、親に受けた教育、またたとえ親が教育と意識しなくても、親が当たり前のこととして行っている生活習慣を子供が見て学ぶ過程そのものが、価値観・倫理観を形成し、それはその家族の元々のルーツに根差すところが極めて大きいと考えます。親自身が完全に同化するということでもない限り、外国籍の人が自国民のようにふるまうというのは極めて難しく、それもマナーや生活習慣までならともかく価値観も含めた同化は、各国の価値観・倫理観が歴史や宗教に基づく以上極めて困難。それなら違いを認めればいいとなると、多文化共生思想がもたらした数々の問題に行き着く、という帰結になるわけです。

これは、自分自身が親であるという方は特に実感されているのではないでしょうか。ブログ主は今年親になる立場ですが、今からどのような教育をしようか、何を学ばせて、どんな子に育ってほしいか・・・を考えた時、やはり親から教わったことをベースに考えることが多くあります。それは、世代が変わっても連綿と引き継がれていく可能性が高いです。その中には、日本の伝統行事などの具体的なものから、神社や皇室への尊敬の念、「周りの人の気持ちを考える」などの日本人としての価値観といったことも含まれます。それらは外国人が日本に移住したからといって自動的に身につくわけでもなく、むしろ「○○人であることを忘れないでほしい」と、移民の親が子供に自国の文化や伝統を伝えようとするケースの方が多いのではないかと思います。「移民はやがて同化する」という人がいるならば、「ならばあなたは海外に移住したとして、子供に、日本人であることを完全に忘れさせて移住先の国の文化に完全に同化させようと思いますか?」と聞けば、答えは明らかでしょう。特に日本の場合、たとえば移民国家のアメリカのように、毎日国旗の前で国歌を斉唱させるといった、ナショナリズム醸成・同化に向けた教育を行っているわけでもなく、むしろ国民国家意識の醸成教育が世界でもっとも行われていないわけですので、移民や外国人労働者が教育によって日本人のようになるというのは全くの幻想です。

さらに、八重桜の会メンバーから寄せられた、それ以外の興味深いコメントを紹介します。

「(日本人でも価値観が違う人がいる、と言われたら)今あなたが”価値観が違う人”がいるとおっしゃったじゃないですか。要するに差別的ではないのですよ」と返答します。この手のタイプは自分がどんな発言をしているかすら解っていないので日本語から教えてあげます。」

「移民に国を乗っ取られた例は世界史上いくつもあるので、外国人を差別(区別)すべきは当然です。そんなことを聞く、あなたは日本人ではないのですか?と聞きます。」

「この国の主権者と新たに入ってきたよそ者を同等に扱おうとすること自体おかしい。」

「価値観が違う人、常識がない人、学習能力がない人は、受け入れられませんよ。日本人同士でもね。
だから、差別云々の批判は当たらないです。

更に言えば、価値観が違っても、常識や学習能力が(今は)なくても、日本人でさえあればルーツは我々と同じですから、本人がこの先、迷ったり悩んだりして挙句どうしようもなくなったりしたら、その時には日本の何処かに帰ってくる。日本を大事に、という根幹だけは最低限、共有可能だろうと期待できる。

でも、外国人にそれを期待する事は難しいのですから、日本人が日本人を信用するほどには外国人を信用できなかったとしても責められるものではありません。まして、当の外国人に責められるような筋合いはありません。」

「例えば、一般的な日本人社会には受け入れられないような独特な価値観をもった日本人Aさんと移民Bさんがいたとして、この二人に対して日本社会は同じ対応をするでしょうか?
日本人Aさんには、「まわりに合わせろ、わがまま言うな、お前が周りに受け入れられないのは自己責任だ、辛くても貧困でも当たり前だ」
一方、移民Bさんには「彼は移民なんだから日本人が我慢して彼を受け入れるべき、出稼ぎで日本へ来て大変なんだから公営住宅に入れてあげるべき、なれない日本での子育ては大変だし、病気や怪我や老化で働けなくなったら心細くてかわいそうなんだから、保育や福祉も優遇してあげるべき、少しくらい税金や年金や保険料の未納や軽犯罪を犯しても多めに見てあげるべき、いきなり強制送還なんて酷い、かわいそう、差別が、人権がー」
と、なってしまいませんか? 実際、在日朝鮮人問題は「弱者である」という虚構をテコにアンタッチャブル化され、日本の行政が在日朝鮮人に対して「特例」を乱発し、日本人と在日朝鮮人とは法の下での平等が成立していないという深刻な現状があります。外国人労働者を増やし、移民を受け入れると、日本の中に日本人の行政権や司法権が踏み入ることのできないアンタッチャブル領域が増えていくことが問題だと思います。
移民問題には、移民自身が持ち込む問題とは別に、受け入れる側の親外国人勢力(日本では人権屋・お花畑左翼とかグローバル企業とか)が移民と二人三脚でつくりあげていく問題も大きいのではないかと思います。外国人差別では無く、日本人への差別、法の下の不平等・不公正が増えるのです。
法の下の平等の原則が守られることは、民主主義社会の大前提です。「外国人だから」という理由にならない理由で特例を認め続け、社会にアンタッチャブル領域を増やせば、外国人だって「俺たちは特別」という意識でのさばるようになるでしょうし、負担もせずに際限無くサービスを要求するようになるでしょう。現在の在日朝鮮人がそうではありませんか。こんなことに応え続けていたら社会は成り立ちませんし、日本人だって保ちません。」

ここまでを総合しますと、日本人と外国人の区別というのは、日本人同士での価値観の違いや地域による習慣の違いとはまったく質が違うということがお分かり頂けたと思いますが、いかがでしょうか。

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posted by AOI at 09:15| Comment(5) | TrackBack(0) | 移民問題とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
皆様、ご苦労さまです。寒いですね。

移民反対の表明の文言として、嫌なら出ていけは日本脱出を含めた、海外逃避で一攫千金を狙えみたいな流れにもなりかねないですね。そういう就活を勧めるビジネスネタはたまに見かけます。

だいたい、日本のように何十世代も経て中世、近世、近代と蓄積された歴史のある稀有な国である日本人同士でこそ言えるセリフかも知れません。あとは日本の近代化の途中でどんな動機でか、こそっと入国していた韓国朝鮮人に対してです。

「出ていけ」より「祖国を見捨てるのか」「先祖に申し訳なくないのか」「自分の国を大事にしよう」「自分だけ脱出するのは身勝手で卑怯」などのほうが通りがいいかも知れませんね。
Posted by 弓取り at 2015年01月21日 19:43
「日本に住む」外国人に対する考え方、私も移民ダメ絶対さんと全く一緒です。人種・民族・国籍も、日本語が上手かも、合法または不法滞在かも、日本に対する日頃の言動も、親日・反日も、思想信条・宗教も関係なく、「日本に住み着いている」こと自体が「罪」であり、「嫌いな理由」ですwww。

多分に感情論から移民に反対ではありますが、それは「しかるべき理由」があってのことです。移民との「共生」が物理的にも精神的にも不可能なこと、そしてそれは、異文化への理解があり、心の広い日本人も例外でないことは、八重桜の会さんが見事に論理的に証明して下さいましたので、「それが理由」ですw。

>>異民族、異人種はどれほど性格が良かろうと、どれほど真に保守的な価値観を持っていようと大嫌いです。

まさに同感ですが、でも、私なら頭に「日本に住む」がつくでしょうか(^^;)。「自国に住む外国人」であれば、「条件によって嫌い」程度かなw。(例えば自国で反日活動する特ア人など)
逆に、例外中の例外ですが、好きになれそうな人もいるかも・・・(例えばテキサス親父など)

テキサス親父は「日本への移民」ではありませんよね。(彼の先祖はイタリアからアメリカに移民したということで「イタリア系アメリカ人」になりますが、それは「移民」の意味合いが違うということでw)自国(=アメリカ)の現状を憂えながらも、しっかりとその自国に根差しつつ、他国(=日本)を愛したり、エールを送ってくれるからこそ、その言葉は真に信頼に足り、尊敬できるのだと思います。彼の日本論の表現の、なんと謙虚なことでしょう。

一方、(比較するのはテキサス親父にまことに失礼ですが)日本に10年、20年と居座る外国人がいますね。マスコミにも持て囃されますので、例はいくらでも挙がると思います。そいつらの発言を見て下さい。日本に長居すればするほど、ずうずうしく、傲慢で、不満だらけになりますね。やれ「日本は○○が遅れている。日本人はもっと××すべきだ。さもないとグローバル化などほど遠い・・・」などなど。そう奴に限って、都内の外資系ホテルのスペイン人(スケベ人?)総支配人のように、わいせつ罪を起こしてお払い箱になったり、京都の景観条例に違反して伝統的町並みを壊す店を建てて行政指導されたチリ人(塵人?)おやじなど、迷惑をかける輩も多々ございますが。

こいつらを神かなんぞと勘違いして持て囃すマスゴミ、幹部に迎え入れる企業もいい面の皮ですが、「移民のお前らに偉そうに日本を語られたくない!」という激しい反感を覚えるのは私だけではないと思います。当然のことですが、改めて。「移民」とは、その裏は「母国を捨てた人」です。そんな人に日本や日本文化や日本人について意見を求める「日本人」って、何なんでしょうね。
Posted by アギーレタ・ジャパン at 2015年01月19日 09:20
「日本に住む」外国人に対する考え方、私も移民ダメ絶対さんと全く一緒です。人種・民族・国籍も、日本語が上手かも、合法または不法滞在かも、日本に対する日頃の言動も、親日・反日も、思想信条・宗教も関係なく、「日本に住み着いている」こと自体が「罪」であり、「嫌いな理由」ですwww。

多分に感情論から移民に反対ではありますが、それは「しかるべき理由」があってのことです。移民との「共生」が物理的にも精神的にも不可能なこと、そしてそれは、異文化への理解があり、心の広い日本人も例外でないことは、八重桜の会さんが見事に論理的に証明して下さいましたので、「それが理由」ですw。

>>異民族、異人種はどれほど性格が良かろうと、どれほど真に保守的な価値観を持っていようと大嫌いです。

まさに同感ですが、でも、私なら頭に「日本に住む」がつくでしょうか(^^;)。「自国に住む外国人」であれば、「条件によって嫌い」程度かなw。(例えば自国で反日活動する特ア人など)
逆に、例外中の例外ですが、好きになれそうな人もいるかも・・・(例えばテキサス親父など)

テキサス親父は「日本への移民」ではありませんよね。(彼の先祖はイタリアからアメリカに移民したということで「イタリア系アメリカ人」になりますが、それは「移民」の意味合いが違うということでw)自国(=アメリカ)の現状を憂えながらも、しっかりとその自国に根差しつつ、他国(=日本)を愛したり、エールを送ってくれるからこそ、その言葉は真に信頼に足り、尊敬できるのだと思います。彼の日本論の表現の、なんと検挙なことでしょう。

一方、(比較するのはテキサス親父にまことに失礼ですが)日本に10年、20年と居座る外国人がいますね。マスコミにも持て囃されますので、例はいくらでも挙がると思います。そいつらの発言を見て下さい。日本に長居すればするほど、ずうずうしく、傲慢で、不満だらけになりますね。やれ「日本は○○が遅れている。日本人はもっと××すべきだ。さもないとグローバル化などほど遠い・・・」などなど。そう奴に限って、都内の外資系ホテルのスペイン人(スケベ人?)総支配人のように、わいせつ罪を起こしてお払い箱になったり、京都の景観条例に違反して伝統的町並みを壊す店を建てて行政指導されたペルー人おやじなど、迷惑をかける輩も多々ございますが。

こいつらを神かなんぞと勘違いして持て囃すマスゴミ、幹部に迎え入れる企業もいい面の皮ですが、「移民のお前らに偉そうに日本を語られたくない!」という激しい反感を覚えるのは私だけではないと思います。当然のことですが、改めて。「移民」とは、その裏は「母国を捨てた人」です。そんな人に日本や日本文化や日本人について意見を求める「日本人」って、何なんでしょうね。
Posted by アギーレタ・ジャパン at 2015年01月19日 09:16
他人を嫌いになる理由というのは、人それぞれです。
性格が悪いから、頭が悪いから、無神経だから、容姿が醜いから、貧乏だから、あるいは逆に頭が良い人間や、金持ちを嫌う人もいます。

私は言いたい。
人種や民族が違うということだけを理由に人を嫌ったっていいじゃないかと。

私は、純粋な大和民族であっても、左翼リベラル、あるいは安倍のような偽装保守は大嫌いです。
しかし異民族、異人種はどれほど性格が良かろうと、どれほど真に保守的な価値観を持っていようと大嫌いです。

本人の努力で変えられないことを理由に人を憎むのはダメだという人もいます。
私は、そうした意見には全く同意しません。
嫌いだから嫌いなのです。
それで十分なのです。

また子供に罪は無いと言う人もいます。
これにも全く同意できません。
子供に罪はあるのです、少なくとも私にとっては。
異民族、異人種でありながら日本にいるという時点で、私にとっては罪人です。

今の日本の問題は、私のように考える人間が一定数いるのにも関わらず、それを表立って言えないことです。
不寛容でいいじゃありませんか。
偏狭でいいじゃありませんか。
寛容であることを押し付けるのは、やめて頂きたい。
自分に嘘をついてまで、人道主義的価値観になど従いたくはありません。
Posted by 移民ダメ絶対 at 2015年01月18日 17:31
ドイツの学級崩壊の動画、冗談でなく本当に、見ていて気持ち悪く、頭がぐらぐらしてしまいました(*.*)。私も常日頃から「移民・多文化共生」を日本の現実問題として捉えているので、やはり「もしかしてこれは日本かな」と、どこかで無意識に考えてしまうのでしょう。

以前は、日本人のくせに日本にいながらにして日本の悪口ばかり言う奴が許せなくて「嫌ならとっとと日本から出ていけ」と思いました。(誰だって思いますよね。)でも、実はこの言葉、軽々に口に出すべきではないのかもしれない・・・と、ふと思ったりします。というのは「(他でもない)移民をすすめていることになる」からですwww。「移民断固反対」の立場からすると、矛盾しているのかな?(^^;)だって、自国さえ嫌いな人間が、移住先国の人々に迷惑も不快感も与えずに、うまくやっていけるはずがないではありませんか。

私は基本的には日本の悪口を言う日本人が、外国人と同じくらい(笑)大嫌いですが、彼らが日本を出たことで「日本のすばらしさがよく分かった、自分の居場所は日本しかない」と気づいて帰ってくるのは大歓迎です。(ただし外国人の恋人連れ込みは固くお断りです!w)

最後に、最近読んだ三橋貴明氏の『学校では絶対に教えてくれない僕たちの国家』の中に、当たり前のことながら改めてはっと気づかされた一節があったので、ご紹介させていただきます。

  スウェーデンに大挙して流入している中東移民にしても、母国で安定的な生活を送れるのであれば、全員が全員、そちらのほうを望むでしょう。彼らは、母国の内戦や政治的混乱、経済的な危機を受け、移民として、しぶしぶ外国を目指しているのが実情なのです。結果的に、移民先の国で元からの住民と衝突し、混乱の種をまき散らしています。
  人間とは、結局は「国民」として生きるのがもっとも幸福ということなのです。(61ページ)


私たち日本人(主には政府ですが)も、移民の安定的生活、福祉、人権が守られるように尽力してやるとしても、あくまでも「彼らの母国」でのことなのです。彼らを「もっとも幸福」にするための第一歩は、まずは「母国にお引き取りいただく」ことなのです!!
Posted by ザッケルーナ・ジャパン at 2015年01月18日 16:42
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