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2014年10月23日

「多文化共生」は「異文化理解」「国際交流」とは全く異なるもの (多文化共生をめぐる誤解)

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イベント・行動情報・レポートまとめ(10月-12月)

署名: 外国人による家事支援サービス受け入れ緩和およびサービスの利用・促進に反対します。

エボラ出血熱対策について、国に意見を送りましょう!

ブログ筆者は空いている時間を見つけては、自治体の「多文化共生課」や、「多文化共生推進プラン」のある自治体に電話をかけています。

そこで、相手の話を聞いていてわかったことは、驚くほどの数の職員(担当者レベルですが)が、「多文化共生」と「国際交流」や「異文化理解」を同一の意味として考えているということです。「多文化共生課」の職員ですらそうですから、一般国民もそういう方が多いのかもしれませんし、だからこそ一般の方に八重桜の会の説明をすると「移民反対は何となくわかるが、なぜ多文化共生? 排外主義は良くないのでは?」となるわけです。

そこで、ノンポリの方にもわかりやすく説明できるような言い方を考えていたところ、こちらのブログに非常にわかりやすい言葉で説明されていました。
(中国が狙う宮城県石巻市!問われる石巻市民の意識!より)

まず、そもそも「多文化理解」(異文化理解)と「多文化共生」では、意味が全く異なります。
「多文化理解」とは、日本と異なる文化を理解しようという意味です。
国際観光や、スポーツ・文化の交流などがあります。
この場合、互いの文化を理解することで、互いを尊重し合い、友好関係を深め、互いに文化を高め合うことが期待できます。
一方で「多文化共生」とは、日本と異なる文化の民族と、一緒に生活しようという意味です。
「多民族共生」という言葉で表現される場合もあります。
特に、移民社会の推進の際に用いられます。
具体的には、チャイナタウンやコリアタウンの形成や拡大を指します。(注: 反日国だけでなく、親日国でもこのような現象は起こります)


oizumi-046b.jpg
日本における多文化共生の失敗例(群馬県大泉町)

自治体の「国際交流センター」などで開催されているイベントで、よく「外国の料理を一緒に作ってみよう」「民族衣装を着てみよう」といったものがあります。学校教育でも、ホームステイプログラムや、海外の学生が日本の学校を訪問するような企画があります。反日国に偏ったものや、外国や日本にいる外国人をやたら持ち上げるようなものは恣意的であり言語道断ですが、一方で他国でも教えられているような、純粋に「外国のことを知ろう」という目的であれば、それは「国際交流」であり、「多文化共生」ではありませんので、一律に否定されるものではありません。留学や海外赴任経験のある日本人に愛国者が多いことからもわかるように、外国のいい面も悪い面も含めて知るということ自体は、日本人にとっても大切なことです。

問題は、こうした穏やかな「国際交流」「異文化理解」を「多文化共生」と称して(あるいは勘違いして)、「日本と異なる文化の民族と、一緒に生活しよう」に持っていこうとするということです。また、「日本には中華料理もイタリア料理もインド料理もある! スポーツでも多くの外国人選手がいる! だから日本は異文化を許容し、共存する寛容さがある!外国人労働者をどんどん入れよう!」などと大真面目に書かれているビジネス書まで発見して呆然としたことがありますが、これも、「文化交流」の範囲と「多文化共生」を(意図的にかもしれませんが)勘違いした事例の変型版と見ることができるのではないでしょうか。例えるならば、その外国のレストランがあまりにも増えすぎて、ついには和食が駆逐されて、日本に和食を食べられる食堂がなくなり、家でも和食を作らなくなり、和食の文化がやがて廃れていくのが多文化共生、ということです。(フランスではイスラム移民などと「多文化共生」しようとした結果、イスラム教徒が豚肉食を禁じられていることから、学校給食から豚肉が除去されるようになりました) あるいはスポーツでは、相撲の人気が過去に比べても非常に落ちていますが、その理由はお察しの通り、ではないでしょうか。サッカーや野球の選手にしても、もし過半数が外国人選手だったら、国際戦で「侍ジャパン」を熱心に応援する若者の姿もなくなってしまうのではないでしょうか?

これを、以前このブログで説明した、「グローバル」と「インターナショナル」の事例に当てはめてみましょう。
八重桜の会は、世界各国の多様性を尊重するからこそ、移民と多文化共生に反対します。(グローバルよりもインターナショナル)

八重桜の会は排外主義や鎖国主義ではないからこそ、移民と多文化共生に反対します。(グローバルな共依存関係よりもインターナショナルな友好関係を)

そうすると、「グローバル」は「多文化共生」に、「インターナショナル」は「国際交流・異文化理解」にぴったり当てはまることがわかります。
このことからも、「多文化共生」は「外国の文化や習慣を知ろう! 外国の人と交流してみよう!」というような「国際交流・異文化理解」とは全く次元の違う、異質なものだということであり、日本社会に害悪を与える可能性が極めて高いという結論が導き出せるのではないでしょうか。

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【今日の記事・動画】
挿し絵にある群馬県大泉町。日本における多文化共生の失敗例です。



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posted by AOI at 06:59| Comment(7) | TrackBack(0) | 多文化共生問題とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「グローバル」と似て非なる対概念としての「インターナショナル」の現代的解釈、わかりやすく説得力があっていいですね。ただ歴史的には、ご存じインターナショナルというと、共産主義と結びついた、保守側にとっては今のグローバルと同じくらいの「危険思想」でしたね。ある程度上の年代の方や、共産党関係者の中には、インターナショナルというと直ちにコミンテルン(国際共産党、第三インターとも)を連想する人もいるかもしれません。戦前戦後は、「(日本の共産化)革命」「天皇制打倒」を合言葉に猛威を振るった、一団のアカい人たちがいましたw というのは歴史的な話ですが、やはり今の一番の敵は、「グローバリズム」とその信奉者でしょう。

移民ダメ絶対さんのご近所では、どんな人種の外国人が多いですか。ちなみに私のところは白人か南アジア系が目につきます。なぜか一番多い(と言われている)はずの特ア人はあまり見ません。気づかないだけかとも思いますが、なにしろシナ人などは「歩く爆音器」でしょうw、気づかないはずはないので、そう多くはないようです。駅まで足を延ばせば、アフリカ系や、何系だかわからないが「とにかく途上国系」www。
たとえば何の在留資格がいつから新設され、それでどこそこで働いてるとか。そういった「増えた背景」が一切わからないまま、身近にどんどん外国人が増えるのって、好悪感情を抜きにしても誰でも気持ち悪いと思います。耳慣れない言葉も、言っている内容が分からなくて不気味という以前に、もう生理的に無理です!(>.<) 日本語とリズムやイントネーションが明らかに違う外国語って、遠くからでもすぐわかるし、聞こえると背筋をたら〜っと冷や汗が流れるというか(笑)。

ウミユリさんがご紹介されたような犯罪も含め、外国人がらみの動向って、マスゴミはひた隠しにしますね。「増えた背景」を国民に知らせないから、もしその辺で見る害人の大半が不法滞在者だったとしても絶対にわからない。そのくせ奴らの偏っているところは、その増えた「結果」だけを強調して、喜んでバカ騒ぎして、それがいいことだという一方的な考えを押し付けるんですよね。かといって、仮に外国人犯罪を、検挙されたものだけでもくまなく報道したら、それだけでニュースの時間が1日24時間では足りなくなって(笑)、日本は「一億総発狂」してしまうかもしれません! 私はこの方向性での「荒療治」でもいいから、一刻も早く、全ての日本人に移民の危険性をたちどころにわかってもらえればと切に思います。

今日は昨日と反対に、家を出てまず最初に害人に出くわしてしまいました(T.T)。自宅から歩いて2分のコンビニに入ろうとしたら、いきなり入り口でつるっ禿げの毛唐(差別語ばんざいw ハゲなのに毛唐とはこれいかにww)のおやじと鉢合わせしてしまいました。自宅周辺は、駅からは徒歩20〜30分圏で、商店らしいものはそのコンビニかもう1軒くらいという住宅街で、基本的には害人など滅多に見ないので、どっから湧いて出たのか謎ですが。よく考えたら半径100m内外に公立の小中学校、と、私立の五流大学wがあるので、その英語講師あたりかという可能性はありえますwww 
ちなみに少し前に雨があがっていて、そやつが用が済んでも店の外の傘立てあたりにたたずんでいたのを見て、テキサス親父の「アメリカでは店の外に傘立てなんてありえない」という話を思い出しました。私は、数年前に外国人の急増ぶりを自覚し始めた(つまり移民問題を意識し出した)ころから、コンビニ、クリニック、美容院など、入り口の外に傘立てがある施設に雨の日に用があるときは、折り畳み傘をカバンに入れて肌身離さないようになりました。悲しいことですが・・・

ローカルな私事ばかり長々とお話して恐縮ですが、これもひとえに移民の問題を自分の日常の身近なこととして常に意識しているからで、またそういう人が増えてくれることも常に願っております。
Posted by 雷雲のワルツ at 2014年10月23日 14:42
群馬県大泉町の惨状の情報を集めてみました。
是非お読み下さい。

日系ブラジル人自治区化進む群馬県大泉町 ブラジル人の聖地と主張 日系人特権廃止が急務
http://ameblo.jp/mamorinuku/entry-11896516344.html
日系ブラジル人の性根を1人でも多くの方に知ってほしいです。在日韓国人などに負けず劣らず性悪なのです。日本に居座る事が当然と思っていて日本と日本人は私達を養え、尽くせといわんばかりの日本の主権者きどりです。

今年も犯罪三昧、寄生三昧なのが明るみになった日系ブラジル人などの日系人に対して甘い考えの方がいるのが気がかりです。

そもそも日系人は外国人です。日本人側は受け入れるいわれはありません。相互主義も存在しません。
http://perigoso.pokebras.jp/e103120.html
益々深刻化する日系ブラジル人ら日系人の日本寄生の現状を知って、その危険性を認識して欲しいです。

【国際】比残留日系人、国籍求め来日へ 70代の男女7人 [H26/8/4]
http://uni.open2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1407146490/
出戻り日系人は烏合の衆、日本に住む日系人も烏合の衆です。
Posted by まもり at 2014年10月23日 16:03
私のところでは、やはり中国人が増えているのを感じますね・・・

昔は相撲が好きだったのですが、今は一番嫌いなスポーツになりましたw
たとえ弱くても、全員純粋な日本人で勝負すべきだと思います。
外国系の人間を入れてオリンピックやワールドカップで優勝しても、全く嬉しくないどころか、逆に恥ずかしくてなりません。

保守派の人間ならそう考えて当然ではないでしょうか。
そういう庶民の素朴な感情を完全に無視しているのがグローバリストです。

そして事実上の移民政策を水面下で行いつつ、テレビやラジオ、挙句の果てには国会!で「私は移民に反対です」と念仏のように繰り返す安倍首相は究極のグローバリストだと思います。
Posted by 移民ダメ絶対 at 2014年10月23日 18:09
まもりさん、

ブラジル人は、「日系」だろうが何だろうが、あるいみ南北朝鮮人以上に日本にそぐわない存在ですよね。(だからといって朝鮮人の存在を肯定するつもりは毛頭ありません!!!)

だって奴ら、日本語話せないんでしょう。今まで、誰か「お前らが日本に来るのはお門違いだ。移民するならコトバの通じるポルトガルだろう。先方も喜ぶぞ。お前らの聖地はポルトガルだ!!」と言った人はいなかったのでしょうか。これを言わないなんて不思議なくらいですね。そうです! この手で行きましょう!!
Posted by アギーレタ・ジャパン at 2014年10月23日 20:34
異文化交流はいいのですよ。異なる文化や価値観に触れることは、自らの文化を豊かにしますから。
しかし、多文化共生とは、異文化を持つ人間と生活空間を共有することです。人間ですから意志も感情もありますし、当然日本人とは相容れない価値観、受け入れがたい風習をもっているわけです。
となれば、摩擦や軋轢が生じるのは自然の流れです。どちらが正しいか、間違っているのではなく、異文化を持つ人間同士が、生活面で接触すれば、摩擦が発生するのは、むしろ当然のことです。摩擦とは接触することで発生するのであり、摩擦を回避する唯一の方法は、接触しないことです。
異文化は存在していいのです。日本人とは異なる価値観や風俗を持った人々がいていいのです。
私たちは、異文化を尊重すべきですが、一か所に混住して自らの文化を尊重することを要求することは、往々にした自国の文化を押し付け合うことに他なりません。結果こうした摩擦が最高潮に達すると暴動になったり、最悪の場合戦争の要因になったりするのです。
私は、日本とは異なる文化、価値観、生活様式を持つ人々を尊重したいのです。だからこそ、自分の生活空間に異文化を持つ社会集団が入り込むことを拒否すべきだし、まじりあうべきではないと考えます。
人間には、それぞれ住むべき場所があるのです。自分の文化規範に従って生活したいのなら、自分の国に住むべきです。本来、国とは、そうしことを目的に存在するのですから。
多文化共生社会など、聞こえはいいですが、他人の作った快適な環境に寄生して、そこから利益を吸い取るための口実にしかすぎません。
文化、宗教、言語、価値観、常識などが異なる民族集団を強引に一つの国民として統合しようとしても、碌なことにならない実例は、旧ユーゴスラビアをはじめ、世界中にウンザリするほど実例が存在するのです。
異文化を拒否する=異文化に対する無理解、排外主義ではありません。
異文化を尊重し、平和のために異文化を強引に混ぜる多文化主義に反対すべきなのです。
Posted by ウミユリ at 2014年10月25日 00:31
この記事に目を通してみてください。愕然とさせられる。


【外国人の子どもの高校進学率60%に留まる事態も−格差是正願い、支援者らが入試制度調査】

(以下、抜粋)

日本人の子どもの高校進学率が毎年100%に近い現在において、国内に暮らす外国人の子どもの高校進学率は、場合によっては60%前後に留まるような状況が続いており、国の有識者会議などでも課題の一つとして挙げられています。

「各地の事情を知る支援者の方などが直接教育委員会へ問い合わせをすることで、高校入学後に外国籍や日本語がまだ上手でない生徒に対しどのような支援があるかなど、より詳細な情報を手に入れることができるようになった」

分析を行った小島准教授は、

「2010年度からいわゆる高校無償化制度(高等学校等就学支援金制度)が開始したことからも、日本社会では「高卒」が必須になっていると考えられます。このようななかで、都道府県や政令都市などの自治体によって、外国人生徒の公立高校入試にかかわる受験方法や入学枠の扱いが異なることは、たいへんおかしいことです。

そもそもの「受験資格」も、自治体によって異なるという実態は、直ぐにでも見直すべきです。」(小島氏によるコメント)

と述べ、さらに、

「加えて、日本語指導が必要な外国人生徒は日本人生徒と異なる試験方法で入学しているにもかかわらず、入学後は日本人生徒と同様に扱われ、入学試験にふさわしい対応を行っていない自治体もあります。このような自治体間の格差は、外国人生徒のその後の進路や進学に大きく影響するため、改善を強く求めます。」

今、全国の公立小・中・高校などの学校には、日本語がわからない子どもが37,000人在籍しています。

こうした子ども達が、日本語の日常会話がスムーズにできるまでに1年〜2年近くの時間が必要だと言われおり、また、学校の勉強についていく日本語の力を身につけるためには、さらに5年以上の年月が必要とされています。

大学レベルで日本にやってくる留学生とは異なり、義務教育年齢または高校への進学を希望する年齢でやってくる外国人の子ども・若者らは、その保護者や家族が日本国内で生活基盤を築いているため、家族が暮らしている地域を「日本の地元」として暮らし、教育を終えた後も引き続きその地域へ定着する傾向にあります。

また、幼少期を超えて来日した外国人の子ども・若者の多くは母語がある程度確立され、さらに一定程度の教育を修了した段階で来日するため、日本国内で高校に進学し、教育がある程度継続されれば、比較的短期間の内に、バイリンガル・バイカルチャーとして海外と日本とをつなぐことのできるポテンシャルを有しています。

今後、外国人観光客の増加や外国人生活者の受入れへの対応という点からも、外国人の子ども達に対する高校入試段階での特別な制度を設ける事や、進学後のサポート体制を整備する事のメリットは国内の、その地域に還元される可能性が高く、「グローカル人材」育成のひとつとして、自治体が積極的に推進していける戦略の一つでもあります。

https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakaiki/20170130-00067147/


高校は義務教育じゃないだろ!
日本の企業が高卒を必須扱いするのは日本の都合であって、彼らの母国の必須資格じゃないだろ!
日本人と異なる入試で入学した外国人が高校の授業についていけないなら、そもそも日本人差別でしかないレベルを下げた「外国人用入試」など廃止しろ!
外国人の教育は、外国人の母国が責任を持って行うものだ!

外国人の生活基盤が日本にあったって、日本は関係ないだろ!
日本は血統主義の国だ。
日本で長年働こうが、暮らそうが、日本人にはなれない。そういうルールの国だ。ガイジンに法律を変える権利などない!


子供の教育を真剣に考えるなら、親 が 単 身 赴 任 し ろ !
(日本人は、そうしてる。あるいは日本人学校に通わせている)


知れば知るほど、非先進国出身のガイジンとその支援者がイヤになる。

母国であり得ない福祉や配慮を平然と要求する。
母国にないがよい制度だからと、日本で勉強した成果をもって母国に寄与しようとは、なぜか、しない。

偽善もいい加減にしろよと思う。
ああ腹が立つ、バカ女!
Posted by at 2017年05月15日 03:04
【隣人殺害事件 起訴内容を認める】

西東京市田無町のアルバイト平岡大被告(31)は、去年8月、アパートの隣の部屋に侵入し、この部屋に住む多田和代さん(当時79)を刃物で切りつけて殺害したとして、殺人などの罪に問われています。

東京地方裁判所立川支部で開かれた裁判員裁判の初公判で、平岡被告は起訴された内容を認めました。

冒頭陳述で検察は「被告は音楽を大音量で聞いていて、被害者から何度も注意されたことから怒りを感じるようになった。首を刃物で複数回刺し、強固な殺意に基づく自己中心的な犯行で、真摯な反省もない」と指摘しました。

これに対して弁護側は「被告は長年フィリピンに住んでいて日本語をよく理解できていなかったため、騒音トラブルが殺人事件に発展した。遺族に謝罪文を書くなどして反省している」と主張しました。

http://megalodon.jp/2017-0515-1224-48/www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20170515/3103041.html


日本人の父とフィリピン人の母のハーフでフィリピン育ち

>被害者から何度も注意されたことから怒りを感じるようになった

いや、もう、精神構造がフィリピン人だろうよ……。

こんなものが横行するなら、ハーフだからというだけで日本の国籍や権利を与えちゃいけない。
Posted by at 2017年05月15日 12:31
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