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2014年08月29日

八重桜の会は、世界各国の多様性を尊重するからこそ、移民と多文化共生に反対します。(グローバルよりもインターナショナル)

「世界中の文化と伝統を破壊する移民政策に断固反対!」と思われる方はまずこちらをクリック! ↓

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10/5 三宅 博衆議院議員講演会 「戦後日本の実相」(八重桜の会主催)

移民受け入れ反対署名、もうすぐ2万人突破! ぜひご協力お願いいたします。

よく、「移民受け入れと多文化共生に反対!」というと聞かれる反論について、八重桜の会の運営が随時わかりやすくお答えしたいと思います。

まずよくあるのは、
「グローバル社会なんだから、移民受け入れ反対なんて時代遅れだね。日本も国籍に関係なく、多様性を尊重して、いろいろな国の人の考えを取り入れなくてはダメじゃない! 時代は多文化なんだから!」
というご意見。

それに対しては、こうお答えしています。
「グローバル化がさらに進むと、実は世界中の多様性が失われ、多文化も何もむしろ一つの文化に収斂してしまうのですよ」と。

ここで、2つの概念を考えてみたいと思います。つまり、「グローバル」と「インターナショナル」です。
(注意: ここでいうインターナショナルは、共産主義思想のプロレタリア・インターナショナリズムとは関係ありません。ほら、安倍政権の経済政策に反対するなんて共産主義者だったんだ! などという反論には応じませんのでご注意ください)

こちらに、グローバルとインターナショナルの違いについて比較的わかりやすい解説が出ていますので、抜粋します。
グローバル化と国際化ってどう違うの?
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1301/11/news010.html

「グローバルという言葉の語感には、個々の国を寄せ集めた集合体としての国際社会とか、国と国、あるいは民族と民族の集まりというイメージが、非常に希薄なのです。それよりも地球を1つの塊として、個々の国や大陸、民族の集まりとしてではなく、この地球という星を1つと見る世界観が凝縮されています。」

「internationalは、(平面的な世界地図の上に)横にずっと広がって展開しているさまざまな国(nations)がたくさんあるイメージ、それらの国同士あるいは国と国の関係といったイメージです。」

つまり、グローバルを究極に進めると、いわゆる「世界共和国」(世界連邦ではない)ができるということです。理想論としては、すべての文化、人種、民族が均質に混ざり合い、統一したルールの下で政治・経済活動が行われる、ということです(実際にはそれは理想論でしかなく、格差の拡大や貧困、民族対立、過激主義の台頭などを招いているわけで、その現象は今日の欧州や中東、中国などで顕著なわけですが、本日はこの点については本題ではないので割愛します)。その意味では、移民も「グローバル化に資する」ということで、このような考え方がお好きな方には非常に都合がいいわけです。

それに対して、インターナショナルな考え方は、それぞれの国を主権国家としてみなしたうえで、国と国との関係性を強調します。つまり、お互いが国と国として尊重しあうことが前提であり、それぞれの国がそれまで築いてきた独自の文化を無理やり混ぜ合わせようとか、まして他国に自国の人が大量に移り住んで「共生」しよう、というような考えは想定されていません。

さて、日本を含む世界中の国が移民を受け入れると、インターナショナルではなく、グローバル化が進むのは明らかですね。それが進行すると、先述の通り「世界共和国もどき」のようなものができるでしょう。すると、グローバリストたちが声高に叫んでいた「多様性の尊重」はどこにいくのでしょうか・・・?

実は、理論上も現実の上でも、多様性は消えていく方向に向かいます。というより向かっています。

「グローバル・スタンダード」のもと、作為的にこれまでの「慣習(規制)」を廃止したり、伝統文化を無視して、同じ言語を使ったり、同じような衣食住を営めば、何百年も築いてきた独自の文化も簡単に消えてしまいます。「言語は思考を形作る」と言いますが、もし世界中の言語が統一されたとしたら、今よりも文化の多様性が狭まる可能性はあっても広がることはないでしょう。そして、どのような言語や文化様式が「グローバル・スタンダード」として使われるかといえば、より影響力の強い国や文化圏、ということになります。

3分の2が外国人(大).jpg

海外旅行の例を挙げるとわかりやすいと思います。「グローバルな世界」で、外国(一応外国です)に旅行に行ったとします。グローバル化された世界では、自分たちの国と同じような服を着て、同じような食べ物、同じような家に住む人が多くみられるでしょう。そして同じように、それぞれの国の自国民と移民が、別々の地域に分かれて生活しています。その中には一片の「多様性」があるのかもしれませんが、イメージとしては世界中どの国に行っても中華街があり、コリアンタウンがあり、リトル・インディアがあるような状況になるでしょう。それは果たして本来の「多様性」なのでしょうか?
もし、「インターナショナルな世界」で外国へ旅行に行くと、それぞれの国に独自の衣食住、文化、伝統、習慣が見られ、さらにそれがそれぞれの国で大切な財産として保護・奨励されています。それぞれの国は、自分たちを観光客として迎え尊重してくれますが、あくまでもお客様としてであり、定住権・永住権や国籍のバーゲンセールのようなことは、どの国も行いません。
さて、どちらがより「多様性」があると思いますか? どちらの状況のほうが「世界って面白い、多様な人がいて文化がある」と感じられますか? 逆に言えば、グローバル化はかえって世界を「単調で、つまらなくしてしまう」のではないでしょうか?

長くなりましたし、ここまで書くと、多様性の話以外にもいろいろな問題点が見えてきたと思いますが、まずここで言いたいのは、

「多様性を尊重しなきゃ!ダイバーシティは大切だよね!だから移民を受け入れて、外国人と共生しなくちゃ!」
という方が皆様の周りにいらっしゃるとしたら、それは大変な誤解であり、実は移民受け入れは多様性の消滅につながる。

ということです。
多様性を尊重する一番の方法、それは無理に混じり合わない、お互いのルールを押し付けあわない、ということではないでしょうか?

八重桜の会は日本を含む世界各国の文化や習慣、価値観などの「多様性」を尊重すべきという立場です。だからこそ、移民・外国人労働者受け入れ・多文化共生政策に断固反対いたします。

「多様性のために移民を受け入れるなど大きなまやかし! 実は受け入れないほうが多様性の尊重につながる!」という意見にご賛同いただける方はこちらをクリック! ↓

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【今日の動画・記事】
「移民問題って何? なぜ多文化はいけないの?」という、移民問題に最近関心を持ち始めた方向けに、1日1つ、動画やブログ記事などを紹介していきます。
まずは、個人的に一番好きな動画の一つです。

絶滅するヨーロッパ人 開国の行き着く果て


本日挙げた文化の問題のほか、なぜ移民は人口減少対策にならないのか、非常に論理的に解説されています。特に6分53秒からの、移民を送り出す北アフリカ諸国のコメントに注目です。
posted by AOI at 08:56| Comment(6) | TrackBack(0) | 移民問題とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
先ほどの投稿の補足です。

政府が、「子供たちの教育に、企業の社内公用語に、もっと英語を、英語を」とうるさいお節介を言い出したら要注意です。それもまた、隠れ移民政策です! 
日本の公用語は日本語だけで十分。どころか、日本語だけだからこそ、豊かな国を築けていることを忘れてはいけません。
油断なく目を凝らし、耳を尖らせておきましょう。
Posted by 雷雲のワルツ at 2014年09月01日 16:51
他者に向かって声高に「お前は人種差別者だ」と罵る者に限って、実際に誰よりも激しい人種差別を犯しているのは、日本人に対するヘイトスピーチを憚らない(中指立てがその象徴)在日朝鮮人やサヨクを見るまでもありませんね。

ところで。こちらでもまだ話題になったことがない(と思われる)、しかしバカにならない「移民のカテゴリー」があります。皆さんの周りでもうじゃうじゃ目にされているのでは?
それは、「日本人女と結婚して日本に住み着く、欧米系白人男」です。なるほど、犯罪や生活保護は少ないかもしれません。では、日本が好きで、日本人に迷惑もかけずルールマナーを守り、日本の社会に溶け込んでいればOKでしょうか。私にいわせれば「そんなの関係ねぇ!!」です(笑)。

ブログ主様のおっしゃる通り、国籍/民族の違う者同士が、観光旅行なども含め、あくまで一時的イベントとしてお互いの国に行き来したり、一カ所に集まったりするのは、まあ健全な国際交流の範囲として、良しとしましょう。それを超える、国境を超えての「定住・永住」を伴う人の移動は、あくまでもいびつなのです。

先述のカテゴリーの毛唐野郎ども(失礼、こいつらも大嫌いなものでw)、本国では女性にもまともな職業にも恵まれない底辺層で、「日本の女は尻が軽い」「日本には英会話講師というおいしい職業がある」が本音で来日するというのは、半ば定説ですよね。経済的メリットを目的に来る貧困国出身のほかの日本人配偶者移民ともまた違った意味で、こいつら日本をナメてますよ。そして女も女で、いまだに「英語が話せて(=当たり前だっつーの)、背も高くてかっこい〜(ハートマーク)」というバカがいまだに後を絶たないようです。いつの時代の感覚でしょう・・・(溜息)

それに、この組み合わせのカップルも、他カテゴリーの移民同様、異様に繁殖率高いですよね。子供が一人っていうことは滅多になく、二人三人が多く、四人もざらではありません。(どうせ離婚するなら、日本人の尻軽女ももうちょっと考えろよ、と思いますw)彼らの子供は、メディアではまず「かわいい」「バイリンガルで賢い」という視点でしか報道されませんが、皆様どう思われますか。私は、そんなものかわいいどころか汚らわしいとしか思えません。なるべく、日本から出て行ってほしいです。彼らも例外でなく、見るとすぐ「人口侵略」という言葉が浮かびます。
「先進国の善良な人たち」だろうが、ある国にネイティブの民族(ここでは日本人)を人口で圧倒するようなことにでもなれば、脅威でしかないのです。ちなみに、日本人の血と国籍を持つアイノコって日本人と思えますか? 私は思えません!

先日、湘南新宿ラインで新宿から大宮まで出かけましたが、その沿線の車窓から見える壁に、黒いスプレーで大きく「目覚めよ! 純血日本人」との落書きがありました。どういう人がどういう意味で書いたか不明ですが、気持ちだけはわかります。
Posted by 雷雲のワルツ at 2014年09月01日 09:54
一歩日本の外へ出て、世界を俯瞰してみれば、人種が違う、民族が違う、宗教が違う、宗派が違う、イデオロギーが違うと言って、対立し、揉め、凄惨な殺しあいへと発展する。
すべての人種、民族、宗教、宗派が荒そうことなく、皆仲良くお手つないで輪になってなど、幼稚園のお遊戯です。
多文化共生、多民族共生は、ユートピアー理想郷ですが、ユートピアのもう一つの意味は、「決して存在しない社会、どこにも存在しない世界」であり、ユートピアを夢見る者をユートピアンと呼びますが、これには「頭の能天気な空想家」という意味もあるのです。
存在しない社会を夢見るなど、愚の骨頂です。
人間は、生来の愚者であり、差別は本能であり、異質なものを排除するのは、人間が人間である限り逃れられない宿命だと思いますね。
私は、人種差別主義者だといわれても何とも思いません。人間は差別する生き物ですから。
自らを差別意識をも持つものであると認識したうえで、如何にして民族が争うことなく共存する方法とはどうあるべきなのか考えるべきだと思います。
この世に理想郷は存在せず、人間は太古の昔より進歩も変化もしない差別する生き物である。
このことから始めるべきです。
Posted by ウミユリ at 2014年08月31日 22:21
哲学的な、非常に鋭くかつ奥深いお話です。なるほど、私はグローバルもインターナショナルも似たようなものと思い、一緒くたに「とにかく外国人が来ることには反対!」と思っておりました。ですが、ここで両者の違いがよくわかりました。International(国際的)なら、英語にも日本語にも「nation」「国」がちゃんと入っていますものね。つまり、多国籍者の集合の中にもがっちりと国家という枠組みがある。そんなイメージですね。多文化共生など、人間が神様でない以上、まやかしにすぎないんです。

よく子供が、地球儀に世界中の民族衣装を着た子供たちが手をつないで輪になっている絵を描きますが、あれが現実の世界に起こったら、またはいい大人になって本気であんなことを幻想していたら(これをお花畑脳といいます)、それこそ気持ち悪いです。

人間が集まる「社会」には「犯罪」が、そして国が集まる「世界」には「民族紛争や戦争」はつきもので、避けられない自然の摂理なのでしょう。もちろん、完全なる平和、全ての人の平等と幸福を願わないわけはありませんが、残念ながらそれは、実現不可能な幻想でしかないのです。
Posted by 雷雲のワルツ at 2014年08月30日 09:37
「なぜ移民政策は成功しないのか?」「なぜ多文化主義は失敗に終わるのか?」
この疑問に対する答えは、「文化の違う集団は、同じ場所では共存できない」という単純な結論に行きつくと思うのです。
人類の歴史は戦争の歴史とは使い古されたいいまわしですが、言い換えると文化の違う民族の闘争の歴史でもあり、現在でも世界中で起きている紛争の多くは民族紛争です。
旧ユーゴスラビア内戦、スリランカ内戦など実例を挙げるのに何の苦労も要しません。
紛争とまではいかないまでも、社会的に民族対立は、存在します。ベルギーなどオランダ系とフランス系の対立は、ローマ帝国の時代から1500年も続いています。
文化、習慣、生活様式、価値観、常識、宗教の異なる集団が接触すれば、摩擦が発生し、お互いの文化や価値観を守るために対立し、争い、最悪の場合戦争へと発展するわけです。
私は、思うのです。古(いにしえ)の人々は、文化の違う民族間の果てのない殺しあいを続けたあと、平和的の共存するためには、垣根を作り、距離置いて、互いの縄張り侵さないように取り決める以外にないと気づいたのではないかと。
この垣根こそが国境になり、やがては国という枠組みが生まれたのではないかと。
他者の文化や価値観を尊重するからこそ、「お互いに混ざらず、干渉しあわないようにする」が本来のあり方だと思うのです。
どの国の、どの民族の文化もかけがえのないものであり、未来に残すべきであり、異文化の人間が入り込んで、あれこれ干渉したり、口をはさむことは許されないのです。
平和的な共存を目指すのなら、対立や争いの原因となる異文化を混ぜるのではなく、互いに分離して棲み分けの回復が求められる必要があると思います。
Posted by ウミユリ at 2014年08月30日 01:00
外国人学業支援:子供ら対象「虹の架け橋教室」終了方針
http://mainichi.jp/select/news/20140825k0000e040228000c.html
全員強制送還すべきなのに一人当たり赤ちゃんも含めて20万円から50万円も国税を無償で渡して失業した日系ブラジル人などの出稼ぎ日系人とその家族を帰国させた大判ぶるまいを以前日本政府はやりましたが、それを利用せず生活保護で日本に居座った同類の寄生日系人らを媚びへつらって日本に居座らせることを助長した愚の骨頂政策がやっと終わります。延長までしていたのですよ。

日本に外国人の子供がいることによる弊害は、こちらのブログでも税金など余分に掛かるなどあやゆる面でマイナス、日本国民の子供の勉強の邪魔にもなりますのでいいことはなかったわけです。先生も四苦八苦するだけですし。
しかし文部科学省では別の外国人の子供の支援事業が幾つもありますのでまだまだ問題山積しています。

そして厚生労働省が定住外国人(日系ブラジル人などの日系人)や留学生の為の就職支援の為に更に国税を注ぎ込む暴挙を計画しています。
https://nk.jiho.jp/servlet/nk/related/pdf/1226671781583.pdf

日系ブラジル人などの日系人は外国人です。そもそも相互主義もありません。特別扱いして便宜を図る必要も皆無です。現地で住んでブラジルなどで脅威にならないように生きるのが筋なのです。
http://blog.livedoor.jp/kiriritto/archives/1003465728.html
それなのに日系人特権や定住外国人施策推進室など即刻廃止すべきものが多数あります。

外国人看護師や介護士 1人の合格者出すのに税金8000万円費やされる
多文化共生不可能「文化や職業意識の違いから介護施設とのトラブル」イスラム研修生
http://ameblo.jp/mamorinuku/entry-11916153278.html 
Posted by 国は生粋の自国民の為にある at 2014年08月29日 14:43
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